リーガルブログ

老いの才覚


 

主人の母を看取ってはや1年。早いような・・ずっと以前だったような・・

反省の意味も込めて綴ります


10か月の同居生活。色々なことがあり、自分自身さえ嫌になる日々でもありました。

 

先日、曽野綾子さんの本を手にして、年寄りの何でもしてもらおうとするその精神を非難するところから始まるのですが・・実に手厳しく非難されているのですが。そうそう、そうだよね!私はすっきりして読み進みました。

 

でも最後には、手足が思うように動かなくなる、すべてが思うようにならなくなる・・それを孤独と絶望と表現しているのですが・・気が付いたら、人の手を煩わさなければ、水ひとつ飲めない、トイレさえも行けなくなること・・できなくなる精神的な苦しみがやってくるが、認めなければならない現実・・

 

「しかし、多くの人は、年をとって、体の自由が利かなくなったり、美しい容貌の人が醜くなったり、社会的地位を失ったりしていく中で、その人なりに成長する」とあり

 

「老齢に達して、味わう、孤独と絶望こそが人生の最後に味わう境地であり、最後にもう一段階立派な人間になってこいという神の贈り物なのだ」とクリスチャンらしい筆者の年を重ねて実感した年寄り感が、書かれてありました。

 

本の内容は、私にとって大どんでん返しでした。けれども、すぐ近くまで来ているその時には、自覚(才覚と表現しています)をもった年の重ね方をしていき、その醍醐味を味わいたいと思いました。

 

お年寄りの複雑な気持ちに寄り添って、仕事をしていけたらいいなと思わせてもらえる一冊でした。

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東開事務所  桑鶴順子